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本校には、3つの生き方を教えてくれる像が昔からあります。本校児童は道徳の時間、朝読書の時間、社会科等で学習しています。
農民・庶民のために生きた 二宮金次郎翁の立像
近江聖人と呼ばれ良知の人である 中江藤樹先生の坐像
馬淵を愛し続け、世のため、人のためと訴えた 村地久治郎翁の坐像
村地久治郎翁は、明治11年生まれ、本校で2年間過ごし、たった9歳で九州へ丁稚奉公にその後大阪の証券会社へ勤務 事情があって北海道で苦難の生活 その後再び以前の証券会社ではたらき、「大阪商事」を起す。そして、私財を投げ打って、世のため、人のため、故郷のためと馬淵小学校に多額の理科教育施設設備を寄付、また大正11年から児童135名を伊勢へと修学旅行に連れて行った。昭和18年まで続けられた。その22年間で、その恩恵を頂いた児童は約1500人近くにのぼる。人間にとって、故郷や母校はどれほど心を支えるものか。そして何のために働くかを考えさせる翁の生き方である。
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昔話とは、学校近くに住蓮房 安楽房の供養塔が古墳の上に建立されている。800年前(2007年から)法然門下が厳しい弾圧を受けた。世にいう「建永の法難」である。建永2年2月、専修念仏の門人たちに念仏停止の院宣がくだり、4名の門人が死罪、法然や親鸞は僧籍を剥奪され流罪となった。特に、住蓮房 安楽房の2人は、鹿ケ谷の草庵で法会を修し、宮中の女御を出家させ、逆鱗に触れ住蓮房は、この馬淵の荘で、安楽房は京都六条雅河原で打ち首に処せられた。その後、この供養塔に葬られたとも。現在も地域の方々が、供養し続けている。6年生は学校付近の古墳めぐりをして、紙芝居にされた住蓮房 安楽房物語を通じて学習している。